美術展レビュー「甲斐荘楠音の全貌」


2021年の「あやしい絵展」で代表作の「横櫛」がメインビジュアルとして公開されたことで、一躍、注目を集めることになった甲斐荘楠音。この展示では日本画のみならず、映画の時代考証家としての業績や彼のパーソナリティにも踏み込んがまさに「全貌」を明らかにする意欲的な展示になっている。従って展示会のタイトルも彼の画号「甲斐庄楠音」ではなく、本名の「甲斐荘楠音」が使われている。

さて、彼の本名の「甲斐荘楠音(かいのしょうただおと)」。甲斐荘家は楠正成の末裔を自称しており、楠音と兄の楠香(ただか)には楠の字が使われている。しかもこの兄弟。ふたりとも全く違う分野で大成功を収める。兄の楠香は日本最大の香料メーカー高砂香料の創業者であり、名前の「楠香」の通り、香料の世界で名を成す。では弟は「楠音」で音楽家になるのかと思いきや、日本画家になるのだから、なんとも名前とは不思議なものである。

さて、展示会について、この展示会を一言で表したい。

それは

「圧巻!」

彼の代表作の「横櫛」「幻覚」。メトロポリタン美術館所蔵で今回逆輸入の形で日本初公開となった「春」。生涯をかけた未完の大作「畜生塚」「虹の架け橋」。どれもが一度見たら忘れれないインパクトを残す。

展示のメインビジュアルは「春」。ポスターも図録の表紙もこの作品である。

初期作品に見られたグロテスクさや妖艶さといった面はほとんどなく、春らしい優しく華やかな色使いで寝そべる女性が描かれている。

「横櫛」。岩下志麻子のデビュー作「ぼっけえ、きょうてぇ」の表紙に使われたことで一躍有名になった作品。

美しいだけでなく、底知れぬ妖しさ、怖さを秘めた印象深い一枚と言えるだろう。

「幻覚」。これもまたなんとも怪しく怖い。赤い着物が炎のようにも見え、また踊る女性の影が鬼のようにも見える。

「虹の架け橋」。7人の芸鼓が一巻の巻物を手にする様を虹の架け橋に例えるセンスには唸るしかない。

彼は生涯を通じて日本画家として活躍したわけではない。映画の時代考証家として「旗本退屈男」などの衣装デザインを手掛け、映画「雨月物語」ではアカデミー賞の衣装部門にもノミネートされる。この展示会の後半は彼の手掛けた映画作品の衣装が展示され、それはそれで興味深いものがあったが、やはり絵のインパクトに比べると今一つといったところ。

甲斐荘楠音の芸術性を語る上で、やはり言及せざる得ないのが、彼の女装趣味。幼いこと見た歌舞伎役者の女形の美しさに「それなりに年を経た男性がかくも見事に美しい女性になれるのか。」と感動し、女装は彼にとって生涯を通じた趣味となる。大正、昭和を生きた「男の娘」の先駆け、甲斐荘楠音。もし現代に生きていたとしても異彩のトップクリエイターとして活躍したんじゃないかと想像すると、なんともいえない愉快さを覚える。